A と ボク

少年 A 。いにしえのボクに、 ヒーローに映ってたあの少年が、大人になって社会に戻ってきた。


ボクは中 1 でクラスの
いじめ がいよいよ酷くなってきたあの頃に、 同じ中学生の凶悪犯罪がはるか遠い関西で起こった。マスコミに取り上げられて、 週刊誌の表紙に顔写真が載せられて、名前まで出回って。心を閉ざした 酒鬼薔薇 。ダンテの『神曲・地獄編』。「俺は真っ直ぐな道を見失い、 暗い森 に迷い込んでいた」。


ボクは社会を震撼させた彼のことが知りたくなった。どんな精神状態だったのか。動機はどうであれ、
悪の名優 に近づきたくなった。


クラスで孤立していたボクに唯一、光を射したのが、A という存在だった。 家族が、クラスの子が、担任が、彼のことを話して怖がっていては、 ボクはとてつもない優越感というか、みんなより彼の近いところにいるんだ、といった妙な親近感を感じた。


新聞の特集をスクラップしてみたり、後になって2chで写真を集めたり、今思い起こせば、一心不乱になっていたのかもしれない。


ボクの行為をさらに加速させることが、クラスで起こった。朝通学すると、机も椅子もない。 ぽっかりとボクのところだけなくなっていた。8:30。 担任が教室に入ってくると、ボクだけが座れないで、立っていて、目立ってしまう。 担任はクラス全体に向かって、






「孤城、机はどうしたんだ?早く戻しなさい。それとも放棄するつもりか?」





酷いよな。担任は誰がやったか知ってて、ボクに言ってるんだぜ。
廊下の端の美術室の前に、油絵のテレピン塗れになったボクの机。
これで授業受けろとでもいうのか?
水道で洗ったけど、テレピンは油だし、なかなか落ちない。
石鹸を付けて、スポンジだってないわけだから、素手で洗った。バカバカしい。
ここまでして、受ける価値のある授業があったのだろうか。
不運なことに1限は担任担当の国語だった。廊下に聞えてくる楽しそうな授業の声。



きっとボクには無関係な世界なのだなぁ と思った。
何かが急にこみ上げてきそうで、大音量のウォークマンで聞えないようにしていた。


そんなボクにも、当時好きな子がいた。
クラスのいじめにはそんなに加わってないように見えたから、素直にいい子だなぁと思っていた。
中1のボクは幼かったから、ひょんなことでその子が好きだったことがバレてしまった。
授業中に別の、女の子の代筆で手紙が来た。



「孤城さんへ 俺はオマエのことが  大 キ ラ イ です  N山より」


手紙を読んだボクがショックで叫んでしまうと、周りは 冷ややかな目 で答えてくれた。
キライなら代筆させないで、直接言ってくれてもよかったのに。


ボクはこんなヤツを好きになっていたのか。
ボクは卑屈なヤツを好きになっていたのか。
ってことはボクも
卑屈 なんだろうか。


もぅ誰も信じられなくなった。
ボク自身、壊れてもいいと思った。
暗い森 に自分から足を踏み入れていった。




そして、さらに一打撃。担任の
診断書




「孤城さんへ


この間は、ちょっと度が過ぎたかもしれません。
あなたの机がなかったのは、あなたの悪戯ではなかったようですね。
昨日、Kくんに聞いたところ、クラスのみんなでやりました、と答えてくれました。


さて、私はあなたがクラスに溶け込めていないことについて心配しています。
なぜ、あなたが馴染めないのか。私なりに考えてみました。
ここはあえて、
病気 という言葉を使って、説明したいと思います。


あなたは今、友達が出来ない 病気 を抱えています。
クラスで暗い顔をしていれば、こういった
病気 だということはすぐにわかるでしょう。
クラスのみんなはあなたに近づきにくいといっています。



原因 はあなたにあるのです。
でも、この病は決して不治の病ではないので、少しの訓練をすれば、治ります。
どうですか。この辺で、自分を見つめ直してください。


あなたがよければ、私はあなたを病院に連れて行こうと考えています。
2年生まであと2ヶ月ですが、来年度のためにも、よく考えてみるとよいでしょう。
どこがいけなかったのか。考えてください。


また、国語で質問があれば、聞いてください。
4回目のテストの成績が振るっていないのが、気になります。
寄り道せずに、きちんと勉強して下さい。


反論があれば、いつでもどうぞ。ご両親にもこの手紙を見せてあげて下さい。」




泣きながらこの手紙を読んだよ。自分に足りなかったものを探そうとしたよ。
ボクに 原因 があるのだって、そんな気がしてたから、改めて書かれたくなかった。

病気 だなんて、言われたくなかったのに。


ボクなんて、もう要らないのかなって何度も思って、もう、早く " 彼 " になりたくて、ホームセンターに通って、切れ味の良さそうな
包丁 を探したよ。 ボクは忘れないよ。大学生になってこの手紙を読み返しても、やっぱり許せない。 G藤。ボクは 死ぬ まで忘れない。ゆるさない。


そうして、ボクの中に住みついた " 彼 " 。


黒板に「孤城キモい」と書かれようと、食堂のボクの席に残飯をかけられようと、
バスケ部の練習チームで仲間はずれにされようと、ボクは耐えられた。
ボクには A がいたから。


あの A は関東医療少年院を仮退院。大人になった。ボクは、大人になれずに、・・・・・・。
ボクから、少しずつAが離れていった。


04/06/12

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